パパの実家は
ジャワティムールにあります。
ジャワ島の東の方です。
バリの家から
ジャワの実家までは
車で4時間
フェリーで1時間
また車で4時間という
長旅でした。
車の運転も大変です。
バリ島のヒンドゥー教に
ニュピという行事があります。
その日は全ての施設が閉鎖され
外出が禁止されます。
そして
火と電気の使用が禁止されるんです。
空港まで閉鎖されるなんて
日本人の感覚では、
信じ難い事でした。
ニュピをバリ島で過ごすには
窓に目張りして光を出さない様にして
食料を買い込み
マンガや本をたっぷり準備して
友達と過ごすのが
オーソドックスです。
音を出してはいけないので
おしゃべりは小声です。
ヒンドゥー教の人たちは
瞑想・反省・祈り
をするそうです。本当は。
しない人もいますが(笑)
ヒンドゥー教はでは「死」は
ネガティブな事ではなくて
生まれ変わる、ポジティブな事
とされているので
いつでも笑顔です。
とは言え、
誰かが居なくなると
やっぱり寂しそうですが。
バリ島にはクリスチャンや
モスリムの方々も
いらっしゃいます。
インドネシアのカレンダーは
各宗教のイベントの度
祝日になります。
自分の宗教と関係無い祝日は
ただの休日って事なので
それはラッキーですよね?(笑)
ニュピの前日
オゴオゴという前夜祭があります。
大きな鬼の様な悪魔の様な
ハリボテを地域ごとに(?)作り
お神輿みたいに担いで
町を練り歩きます。
鬼が独特過ぎて面白いです。
いろいろな顔や形でも
なんとなくバリっぽさを
感じるんですよね。
ニュピの準備期間に入ると
いろんな所で
ハリボテ作りと
ガムランの演奏練習が
行われていて
その音色に癒されます。
ジャワ人は大抵の人は
ジャワへ里帰りします。
それは、それは、
ジャワ人の大移動なのです。
オゴオゴの日は、
大渋滞です。
始めてのジャワ移動は
中型バスでした。
デンパサールのバスターミナルへ
行って、壊れなさそうな
綺麗そうなバスを選んで
乗り込みます。
早い者順で座ります。
ある程度座席が埋まったら
出発します。
出発すると
途中のバス停らしき場所で
人が乗り降りします。
バスのシートの数以上に
人が座ります(笑)
そして、ドアは閉まりません。
まぁ、涼しいんですけど。
中型バス意外にも、いろんなバスがあります。
デンパサールからジャカルタまでの
大型バスなんかもあります。
乗用車の、乗合などもあります。
乗合はバス停ではなく
自宅まで送ってくれるし
迎えにもきてくれます。
中型バスでは、
途中でギターを持った男の子が
乗り込んできて、
弾き語りを始めます。
曲が終わると
乗客に帽子を裏返して
投げ銭を要求してくる。
という2、3人組が、
2、3回乗り込んできます。
よく分からない曲でしたが
とても上手い。
声が心地よくて爆睡です(笑)
信号でバスが止まると
新聞売りや、
お弁当売り、
窓拭きの押し売りなども
います。
バリ島の人を見ていると、
仕事って無限にあるんだな、と
なんだか勇気がもらえます。
バスを降りると
フェリー乗り場です。
ギリマヌッ港。
フェリーの下のエリアに
車やバス、バイクが入ります。
それは、それは、
パズルの様に詰め込みます。
車のドアを開けるのも
出入りするのも
ギリギリ。
排気ガスの臭いと
暑さで、吐き気がします。
わたしは、さっさと上へ
上がります。
ここでもいろんな商売人に
出会いました。
思わず笑ったのは
フェリーの屋根から
海へ飛び込む
パフォーマンスを見せてくれ
コインを乗客から投げてもらう
若い男の子たちです。
コインを投げると
潜って取りにいきます。
3~5人位。
あまり儲からない仕事だと
思いますが
いつも、楽しみです。
彼らのために
コインを集めてあります(笑)
ケタパン港には
フェリーが何艘も行き来しています。
多分、順番があり
所要時間が1時間となっていますが
30分程で到着してしまう時もあります。
そんな時は、ズラーっと
フェリーが船着場の奥で
並んで待たされます。
景色も変わらないし、
なんとも退屈な時間となります。
陸が見えているのに
降りられません。
ジャワ島のバニュワンギのケタパン港は
バリ島のギリマヌッ港より広く
空気の違いを感じます。
田舎だからなのか
島が大きいからなのか
インドネシアは、
島によって気温や空気が違います。
バリは灼熱の南国なんですが
ジャワの実家辺りは涼しいんです。
不思議です。
そして、
ジャワのバニュワンギから
またバスに乗って
パパの実家まで4時間です。
この4時間も、
バリ島とは違う4時間なんです。
山道のあちこちで
座り込んで物乞いする
おばあちゃんと子供達にでくわします。
山には家はありません。
麓で田畑仕事をしてから山道で
お金乞い?をしている様です。
パパ曰く
「暇つぶし」だそうです。
昔は道案内や、
ヘアピンカーブの
お知らせ(事故防止)をして
礼金を受け取っていたらしいです。
それがいつの間にか?
受け取りのみ要求?(笑)
おもしろすぎます。
そんな山道が終わると
いろんな町を通ります。
すると検問所の様な所があります。
そこの町の人たちに
「通行料」を支払って
通らせてもらいます。
その町が管理している道を
使わせてもらうので
道の管理費を支払う様です。
朝や深夜はスルーできるんですが、
昼間は何ヶ所も足止めを喰らいます。
そこはインドネシア人、
やる日、やらない日、
あります(笑)
途中、トイレ休憩というか
食事休憩もあります。
ちょっとしたワルンで
止まりますが
ローカルすぎて
トイレが怖かった記憶が
あります。
そして、実家近くの
大通りでバスを降り
ベチャに乗って実家まで
行くんですが
道が砂利なので(笑)
振動スゴイし
落ちそうだし
自転車こいでるおじさん
私より細いから
申し訳ないし(笑)
なんだか恥ずかしい
気持ちになってしまいます。
痺れたお尻で
ベチャのおじさんに
お礼を言って
やっと、実家に到着。
最後までお読みいただき
ありがとうございました。
次回はインドネシア人の
旦那さんについて
綴りたいと思います。
またお付き合い頂けると幸いです。

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