インドネシア人の旦那さん2

うちのパパは
インドネシア人です。

インドネシアでは、
出身の島で
人種が違う認識の様です。
島によって言語も違います。

ジャワ島出身のパパは
ジャワ人です。

お母さんがジャワ人で
お父さんがマドゥラ島出身の
マドゥラ人です。
つまりパパはハーフなのです!(笑)

パパはイスラム教徒です。
豚と犬はタブーなのです。

来日した頃
我が家は犬が一緒に
住んでいました。

5年程
一緒に暮らしました。
(後、お空へ行ってしまいました。)

パパは
「お手」や「伏せ」など
コミュニケーションは
もちろんの事、
散歩も連れて行ってくれました。

信仰上
パパは犬が嫌いだと
思いますが
犬はパパが大好きみたいでした。

犬はパパの優しさを
見抜いていたのかも
知れません。

ひょっとしたら、
言わないけれど、パパも
嫌いじゃなかったのかも
知れません。
家族だったから。

前にも綴りましたが
私の父はアルコール依存症です。

父はパパが来日して
家族に加わって
嬉しかったんだとは思います。

パパを連れて酒場巡りをし
パパを紹介しまくっていました。

グデングデンになる父に
付き合い、介抱し
連れて帰ってくるパパ。

酔い潰れた父を
酒場まで迎えに行く時も
一緒に行って
運んでくれました。

認知症が進み始めた頃は
温泉好きの父が
浴場で転倒する事件があり
心配して
温泉も付き合ってくれました。
きっと、家族だから。

実はパパのお父さんは
他界しています。

パパが8歳頃に
仕事中刺されたそうです。

銀行の警備中
強盗犯にやられたそうです。

50年近く前に亡くなった
お父さんの親族との関係は
今もずっと続いています。

結婚式にも何人か来てくれました。

私の親族には無い
繋がりを大切にする
このパパの親族が素敵だな、
羨ましいな、
と思ったりします。

日本では、
「めんどくさい」が
勝ってしまうけど・・・。

パパのお母さんは、
家中に家族の写真を飾っています。

私たちの結婚式の時の
集合写真に
今は亡きパパのお父さん
(義母にとっては旦那さん)
の写真を合成で追加して
飾っています。

初めて見た時は
笑ってしまいましたが
そんな気持ちも素敵だな
と、今は思います。

2~3年に1回は
家族でインドネシアに
里帰りします。
その時は挨拶巡りをします。

私はネイティブジャワ語は
分かりません。

なので挨拶中は、
食べるか
目印のない迷路の様な
住宅街をうろつくゲームをするか
なのですが、
パパ達は、年長者の
話をずっと聞いています。

これが、なかなかの
長話なのです。

全校集会の時の
校長先生より長い。

文化の違いを
感じます。

長話が終わり、帰ろうとした時
車のバッテリーが上がり
エンジンがかからなくなった事が
ありました。

誰もいなかった道に
5~6人の男の人が現れ
みんなで車を押して
エンジンを掛けた事がありました。

ろくにお礼も言えず
手をあげる挨拶だけで
去って行ってしまいましたが
こんな助け合いも
当たり前の様です。

インドネシアに居ると
「生きていけるな。」
と思わされます。

パパが
来日してから
家の近所に
インドネシア人の友達が
2人できました。

2人ともパパより年下です。
出身島は、バラバラです。

パパは自分からは
連絡を取りません。
「年下から連絡してくるのが
普通だ。」
と言うんです。

年下の2人は
「年下の自分からは連絡できない。」
と言います。

めんどくさいです。(笑)
誰が正解なのか
分かりません。

それぞれ、奥さんに
会いたい素振りを見せ
芝居がかったやり取りをしてから
会っています。

皆、ツンデレです。

それぞれの島の文化と宗教の違いで
気づかされる事は
たくさんあります。

日本の文化が常識だと
思って生きてきましたが
外から見ると
違って見えます。

その場所に立って見える景色で
感じ方や、考え方が
違うのは仕方ない事だな、
と思います。

そして、日本の素晴らしさに
気づきます。
奥ゆかしさを、もどかしく
感じます。

ま、パパは
イスラム教の1日に4回の
お祈りは、
やったことないですけどね。
断食もやりません。
お祈りの衣装だけ
大切にしています。(笑)

お祈りはしていませんが
その教えはしっかり
しみついているのだと
思います。

週に1回
ジャワのお母さんと
ビデオ通話アプリで3時間くらい
話しています。

まずは妹の近況報告を聞きます。
お母さんと同居している
妹の愚痴を聞いてから
お母さんと話します。

話していると
カリマンタン島の兄
バリ島の兄も
参戦してきます。

夕食時だと
私の作った日本料理の
紹介があったりします。

イスラム教の食事は
イスラムの教えに沿った
調理法、材料でなければいけません。

なので、料理紹介は
ちょっと怖いです。

カリマンタン島のお兄さんは
おもしろい人なので
盛り上がります。

でも奥さんが
姉御肌と言うか
世話焼きと言うか
先生の様な?

「カリマンタンに来なさい。
私がいろいろ教えてあげるから!」
と、いつも言ってくれています。

なるべく早く
フェイドアウトします。
年長者の話は
長くなるので。(笑)

カリマンタン島の兄夫婦には
お孫さんが3人
バリ島の兄夫婦には
1人います。

そのお孫さん達は
私の事を「おばあさん」と
呼ぶんです。

結婚式に来てくれていたんですが
結婚した途端
おばあちゃんです。

うちの子供達の事を
「おじさん、おばさん」
と呼ぶんですね。
年上ですが。

挨拶で、年上の人の
手の甲に額をつけるんですが
もう、大人になった彼らが
うちの子供に
その挨拶をする時は
笑えます。

インドネシアの挨拶の
ルールは忠実に
守られています。

私の日本の親族は
とても少ないです。
両親が付き合わなかっただけで
本当は、存在しているのだとは
思いますが。

子どもの頃は
‘いとこ‘ や ‘はとこ‘
がたくさんいる人に
憧れていましたが
現在、覚えられない程の
親族ができました。(笑)

名前も覚えられない
義家族ですが、
皆は私を名前で呼んでくれます。

インドネシア人には、
ファミリーネームがありません。
それぞれに、フルネームがあり
いろんな種類の名前があります。

呼び方が
途中の部分であだ名の様に
呼んでいたりするので
本名と繋がらなかったりします。

クリスチャンは、アメリカ人の様な
名前なので
本当にいろいろな名前があります。

パパは2つの名前がありますが
2番目の兄の奥さんは
1つだけです。
ファリダという名前で
イダと呼ばれています。

最近、日本の苗字問題が
取りだたされていますが
イダが知ったら
ため息つかれそう(笑)

ちなみにパパは
結婚して苗字が変わる日本の
システムが
「いい。」といっています。

最後までお読みいただき
  ありがとうございました。

次回もパパについて
  綴りたいと思います。

またお付き合い頂けると幸いです。

























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