はじめまして。RE:50です。
このblogでは50代に突入してからの
生活や環境の変化と、
その中で感じたことなどを
綴っていきたいと思っています。
- 国際結婚している旦那さんの事
- 母との別れ
- アルコール依存症の父
- 絶妙なタイミングでの閉経
- SURFING復帰
- 子供たちの事
私のちょっとした体験談を
同世代の方々や、
同じような境遇の方々へ
届けられたら、嬉しく思います。
一般的に第二の人生は
60歳頃を指すようですが
私の場合
50歳頃なのではないかと思い
RESTART の
RE:としてみました。
このブログネームに決めてから
50からの人生は〜的な動画などが
多い事に気付きました。
やはりみんな感じる事なんだな、
と嬉しく思っています。
同志が沢山いるんだな、と。
私はその時
パッと目覚めたような
視界がガバッと広がった様な
そんな感覚がハッキリとありました。
病気知らずで
週3回の
早朝TENISSを楽しんでいた母が
転倒したり、発熱を繰り返したり
脚の付け根に出来物ができたり。
(後に悪性リンパ腫と判明)
調子が良くない事が続きました。
はじめは、とうとう老化現象か・・
と、位置情報アプリや
ドライブレコーダーで
いつでもどこにでも
駆け付けられる様に
母が自由に暮らせる事を第一に
CAREする事にしました。
小料理屋を営んでいたのですが
早朝テニス→
カフェでモーニング→
買い出し→仕込み
と、忙しい毎日で
どこのテニスコート?
どこのカフェ?
どかで買い出し?
分からないものですから。。。
ポジティブで、強気で、
頑張り屋な人でした。
闘病中も休業せず
営業し続けました。
休むことが嫌いだったのと、
不安だったのもあったと思います。
そして、元気な姿だけを
常連さんに見せていました。
弱った自分は
見せたくなかったんだと思います。
ひょっとしたら自分自身にも
元気だと思いこませていたのかも
知れません。
漠然とした不調が続いた1年。
理由は分からないけれど
ポジティブな母は
楽観的に捉えていました。
病名が判明するまで、不安な1年。
具合が悪い日もありましたが
営業を家族で支えました。
闘病生活1年。
入院していない時は
営業して常連さんとの会話を
楽しみました。
私のための
3年間だったのではないかと思います。
あっという間ではありませんでした。
濃密な母との3年間でした。
私が後悔したり、苦しまない様に
親孝行させてもらえた3年間
だったのではないかと思います。
精一杯、頑張って支えさせて
もらえました。
3年間、母が
踏ん張ってくれたのだと思います。
最後までやり遂げる姿は
感動的でもありました。
これは、
教育の一環だったのではないか
とも思っています。
死に方を教えてくれたのでは
ないかと。
精一杯頑張って生きるのだと。
ヤンチャな私を育てるのは
大変なことだったと思います。
見捨てることなく
育て上げてくれました。
母が23歳の時に産んでくれたので、
周りの友達のお母さんより
若くて元気なお母さんであることが
自慢でした。
学校役員など、積極的にこなし
内職もしていました。
誰とでも、すぐ友達になれる
社交的な人でした。
そんな母なので、
病気も完治させてしまうだろう
と、思っていました。
病名を告げる担当医の声が
戦闘の火蓋を切り、
私の中のSWITCHが
入ったと思います。
何でも話せる母が居なくなる世界の
人生の始まり。
「覚悟」
RESTART
そして、お別れを迎えました。
家族葬。
家族葬だったのですが
沢山の方々が
お別れに来てくださいました。
通夜は、大盛況(?)大繫盛(?)
本当に通夜になりました。
後日、家にもお別れの挨拶に
来てくださる方々と
思い出話が、続きました。
「あんな元気な人が、
信じられないわ!」
驚きと悲しみを、親族の様に
共有してくれました。
意外だったのは、
「子供たちの自慢話をしていたよ!」
と、皆さんから言われたことです。
「あなた達子供の愚痴は
聞いたことがない」と。
ぼちぼちヤンチャでしたが。。。?
母には敵いません。
もう既に、井戸端会議で
子供の愚痴を垂れ流し
笑いにしている私(笑)
きっと誰もが感じる事なのでしょうが
母が居なくなった実感は無いです。
その実体は、ありませんが
私の中に母は居て、不安はありません。
想像していた“母との別れ”とは違って
更に強くなった自分がおりました(笑)
母が、私を強くしたのでした。
役所や、税務署などの
手続き、店の片付けを済ませ
旦那さんを里帰りさせ、
(インドネシアのジャワ島)
私は、子供達と沖縄旅行へ。
パーッと。
ギュウギュウプランで。
3年間頑張ってくれたお礼に!!
最後までお読みいただきありがとうございました。
次は、この3年の間に起きた
閉経と更年期を綴りたいと思います。
次回もお付き合いいただけると幸いです。
これからもよろしくお願いします!

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